現在留学中の学生や、留学を終えて帰国したOB/OGの皆様からの貴重な体験談をご紹介します。

Letter from San Diego, USA -Ms. Asako Nagahama-
こんにちは。ご無沙汰しております。サンディエゴの長浜です。先日の金曜日、秋の学期が終了しました。今学期は宿題のリーディング・オンラインホームワーク・レポート・プレゼンテーションなど、たくさんの課題が出てついていくのに必死でした。しかも、終了式でクラス代表として挨拶もしたのです。最後までほんと忙しかった。もちろん、みんなを笑いの渦に巻き込みましたよ!

 嬉しいお知らせがあります。TESOLのコーディネータのキムが、トーフル・トーイックのスコアー関係なしに来学期からコースに入ることを許可してくれました!今回、一つファンダメンタルのクラスを取っていたのですが、どうやらこれが一番難しいらしいのです。内容だけではなく先生も一番厳しいみたい。まだ成績は届いていませんが、ファイナルがA(マイナスですが)だったのを見て、このコースをきちんと取れているから十分ついていける、と判断してくれたみたいです。トーフルはあんまり自信ないのですが、一応トーイックは、今回は大丈夫だと思います。とりあえず、ほっとしました。これでゆっくり休みをすごせそうです。

 先日の南カリフォルニアでの火事の影響もあって学校が3日間休みになったので、メイクアップクラスがあったりテストや課題が重なったり、ほんとに苦しかったです。Thankisgivingの休みも、友人宅にお呼ばれした以外はずっと勉強でした。11月にはいってからは4時間ぐらいしか寝る時間がありませんでした。こんなに勉強した記憶はほとんどありません。

 実は、TESOLのグループプレゼンのとき、先生やネイティブの人を含めたほとんどの人に、説明がわかりやすかった、とかアイコンタクトもきちんとできていた、とか、いい言葉を使って説明していた、と褒めてもらえたのです。先生も、ノンネイティブの人たちの、プレゼンの評価は、発音や流暢さではなく、ただ原稿を読むのではなく声の大きさ・アイコンタクトなどだ、といっていたのですよ。でも、ある韓国人だけのグループから、“もっと流暢な英語が必要だ”という厳しいコメントをもらって落ち込んでいたのです。なかなかスピーキング力が上がらずあせっているときでもあったので、ますますでした。でもでも、彼らの英語もどっこいどっこいでした。確かに、私よりはスムーズに言葉が出ている人もいましたが、もちろん、私はそんなコメントは書かずに、良かった点を書いて渡しましたよ。

そんなこともあって、ワジワジ〜(ムッとしながら)もしながら今学期を過ごしてきたわけですが、さっき言ったようにクラススピーカーとして挨拶をしたのですよ。そしたら、終わってあとにほとんどの先生方に、“発音・リズム・イントネーションなどすごく上手になった”と褒めてもらえました。プロナウンシエーションのクラスで最後にプレゼンをしたときも、先生に今の調子でOKと言われていたので、ほんと嬉しかった。これで一気に自信回復です!まだまだ思うことが簡単に口から出てきませんが、今日新たに別のカンバセーションパートナーも見つかったので頑張ります!ということで、私の2003年は気持ちよく終われそうです。

急に決まったのですが、今週の木曜日から1週間、友人とNYに旅行に行きます。年末は家族が来るので、一緒にサンフランシスコとラスベガスに行く予定です。楽しそうでしょ?

 来学期は1月5日から始まります。今度は専門課程が増えるので、気を引き締めて頑張りたいと思います。それまでは少しのんびりします。でも、ただは過ごせないので多分地元の小学校に行ったりと何かしてると思いますが。

では、今日はこの辺で。

Student’s Profile
Ms. Asako Nagahama
TESOL Program student, The University of California-San Diego, Extension
6年間の留学を終えて -Mr. Kazunari Yamahara-

6年間、一言では言い尽くせない、沢山のものをアメリカで学びました。 正直言って、高校にいた時、英語は1番嫌いな授業で、今なら笑っていえますが、卒業さえ危ういほど英語というものを嫌っていました。その時は日本にいて、日本で働くだろうから英語は不必要、と偏屈な考え方をしていました。
それが、大学入試を3度失敗し、先が見えなくなり、自分すら判らなくなっていた時、母の“何も大学は日本だけじゃないよ”という一言で留学を決意し、アメリカへ渡って、そこでの可能性にかけました。

大学に入学する前にシカゴにあるELS Language Center(語学学校)で約9ヶ月間、死に物狂いで語学の勉強をしました。 96年の秋からはカリフォルニア州立大学のスタニスラウス校に人類学を専科として入学しました。

最初の1年間は苦労したことを覚えています。語学学校の授業内容と比べはるかに高いレベルでの英語なので、読む、書く、話すだけでも非常に苦労はしました。しかし、それも年をおうごとに徐々になれ、それと並行するかのように友達も増えていきました。
授業の方も、勿論内容がハードになっていきますが、以前のような「頭の中がパンク状態」になる事も徐々になくなっていきました。大学の教室以外でも徐々に友達が増えていきました。

私の場合、空手をやっていたので、学校のジムでトレーニングをしていると、時折、興味を持った人が話しかけてきて、それがきっかけとなって親しくなっていきました。“芸は身を助ける”とはよく言ったもので、この時は、空手をやっていて良かったとつくづく思いました。

アメリカに留学して改めて知ったこともあります。それは、自分が如何に沖縄の伝統、歴史、文化に無知だったかということです。アメリカ人や他国の友人、大学の先生達から沖縄のことについて色々と質問をされ、それに答えられない自分に恥ずかしくなってしまいました。
それからは毎年、大学の夏休みを利用して沖縄に帰省した際に、沖縄のことについても少しずつ勉強しました。そして改めて自分の住んでいる島のすばらしさを知りました。

今となっては、その6年間があまりにも夢のようでありますが、それでいてその記憶は鮮明に残っています。留学をはじめた当初は不安で色々考え込んでしまう日々もありましたが、それも今はとてもいい思い出になっています。そして何より自分なりに満足する結果が出せてうれしく思います。

最後に、6年間の留学を通して思うことは、「何もやらずにいろいろ悩んで諦めるよりは、まずは一歩踏み出して、やってみて、経験したものを材料に色々考えて、また一歩、そうして目標に向かって前進していけば、いつか夢は実現できる」ということです。

Student’s Profile
Mr. Kazunari Yamahara
Completed the Master level of ELS Language Center, Chicago in 1996.
Graduated from The California State University, Stanislaus in 2002.
グローバル教育学院・留学センターの留学生OB/OGの皆さんは、
任意団体Global HumanAssosiationとしてOB会活動を行っております。